
大切に使っていた安藤由香さんのマグカップの取っ手が、突然壊れてしまった。毎年、少しずつ作家さんの器を購入し、毎年少しずつこうして減っていく。物には必ず終わりがある。これも含めて器の美しさなのだろうか。
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午前は、自分のためだけの時間を過ごす。昔読んだ本を3冊読み返す。こんな大切なことが書いてあったんだ、という驚きと共に、大事なところを書きとめておく。自分の記憶の曖昧さのために。そしてこの言葉が必要になるかもしれない自分のために。
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今日は新たに「積読はビオトープ」という言葉に出会った。ビオトープはあるがままの自然を指し、川、森、池、海など生物が共存した生態系空間を意味する。学校や家庭などで人工的に作られる生育空間も広義な意味でビオトープと呼ばるらしい。
人工のビオトープの目的は、個人のそれとは別にして、多様性保全や自然との触れ合いにある。そう考えれば、積読がかもす空間はビオトープと言うに相応しいかもしれないな、と思ってしまった。
本は自分とは異なる時代、異なる文化、異なる価値観を持った本との触れ合いであったりするから。本の保有はその保全にあたる。
積読によって、わたしはある種の生態系の中で生きている、ということらしい。
いずれにせよ、この新しき言葉に心が軽くなった気がする。もちろんを本を本たらしめるものは読書に他ならず、本は読まれることを待っているのだけれど。
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