重要な案件があり、久しぶりにスーツを着る。こんなに窮屈だったのだろうか。やはりもう戻れないな、と直感。サイズ的にも、気持ち的にも。
スーツを纏いながら8名でひとつのテーブルを囲み、話をした。スーツのせいか、わたしもいつもより固くなっている。
会話の中で、ある人が、ある問いに対して、答えた。その人の言葉は小さな声ではあったが、時間をかけて、大きく迂回しながら、自分から見えている世界とそのディテールを語り、問いに答えようとしていた。
MECEにまとめあり、抽象度を上げてポイントを3つにまとめて整理したり、最短距離を走るための言葉選びをしたりはしなかった。
(滅多に会えない人との、非常に限られた時間の中でのアポイントだったので、私はそのとき、喉から手が出るほど、そうしたかった…)
しかし、少し時間をおいて振り返ってみると、あの語りには、その人にしか見えない景色、その人にしか紡げない言葉でできていて、むしろあれ以上の回答はないと思いはじめた。
そこには、何の作為もなかった。語り手の日々、語り手の眼差しだけが差し出されていた。
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高階杞一「早く家へ帰りたい」(2019)を読む。こんなにもページを読むことに緊張し、心の痛んだ詩集はない。
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